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ぼくらの役割は、形式を踏襲しながら、形式を超えることにあると思う。

府中対談 金崎亮×安田剛(ToIRo)

安田くんからは、常に新しい風を感じるよ。―金崎

──金崎さんと安田さんが出会ったきっかけを教えてください。

金崎: きっかけは、安田くんの奥さんが、たまたまぼくの高校時代の同級生だったんです。
安田: 偶然にね(笑)。僕は、5年前まで東京でIT関係の仕事をしていたんだけど、そのときから家具やインテリアに興味があったんだ。いつか府中の地元で家具がやりたいと思っていたら、妻の友人である亮くんが家具業界だということを知って。府中に帰ったときに、色々なことを教えてもらったよね。

―安田さんは、家具の販売をされているのですよね?

安田: 今は、ToIRo(旧家具の里)で主にインターネットを使った家具の販売を行っています。

──新しく家具業界に入ってきた安田さんをみて、金崎さんはどうでしたか?

金崎: 正直、面白いことをしているな、と羨ましい部分がありました。販売形態も新しいですが、家具だけではなく、府中の色々な産業の方とコラボして、新しいものをつくろうという取り組みがすごいなと。「府中の新時代の幕開け」というと大げさかもしれないけど、安田くんからは、常に新しい風を感じますね。
安田: 家具やインテリアというと、都会ではとてもかっこよく見えますよね。僕もそんな夢や憧れをもって府中へ帰ってきた。でも現実は違っていて、家具産業は少しずつ元気がなくなっていた。そのなかで、僕になにができるだろうか。正直、時代に残される焦りのようなものが生まれたんだ。そこで、代表が30代で、次々と新しいことへ挑戦している「ToIRo」に入社したんだ。
金崎: 家具産地としての確固たるブランドが薄れるなか、技術と人だけが残っているんだよね。それは強みでもあり、反面、弱みでもあるかもしれない。

気負わないトップランカーだね、亮くんは-安田

──安田さんからみた金崎さんは、どんな印象でしたか?

安田: 一言でいうと、スペシャリスト。府中のなかでも、タンスの前板加工などではトップランカーだと思います。府中でトップランカーということは、国内でもトップランカーを意味しますから。すごいと思いますよ。

―お二人とも新しいことを模索していくなかで、出会うべくして出会ったように感じますが、そのなかで、iPhoneケースを同時プロジェクトで作ることになったきっかけはなんですか?

安田: ToIRoは、ネットの通販を軸に順調に大きくなってきました。反面、ネットという世界にいると「府中であること」の意味が薄れてきた。そこで、もう一度、「ものづくり」を始めたいと思ったんです。地場のメーカーや金崎くんたちと話し合うなかで、原点に立ち返りたいと思ったんだ。
金崎: 本気でものづくりを始めるの?(笑)
安田: かっこいいからね(笑)。自社工場をもたない家具屋って、ものづくりの本質とは違うと思うんだ。「作って売る」、という昔に帰りたい。その第一歩がiPhoneケースなんだ。

──どのように府中と関わり、展開していきたいと考えていますか。

安田: この府中には、技術ややる気をもった若い人がたくさんいるはずなんだ。そういった人たちをちゃんと見つけていきたい。コンタクトをとって、ネットワークをつなげて、自由にものづくりして欲しいんだ。一番難しい販路の開拓は、ぼくがお手伝いするからね。
金崎: そうだね。同世代で、一緒にものづくりをしてくれる仲間をもっと増やしていかないといけないね。知らない仲間が、まだまだ埋もれていると思う、この町には。

木工の枠にとらわれず、自由にやりなさい。

金崎木工代表取締役 金崎正市

次の金崎木工を創っていってもらいたい

──まずは、金崎木工の成り立ちを教えてください。

私は、山陰から集団就職でこの町にやってきて、18歳で府中の家具メーカーに就職した。約10年勤めてのち、1974年に独立したんだが、そのときは小さな工場を借りて家具の額縁などを製造していた。その後、府中では初めて「NC(数値制御による工作機械。木やプラスチック等を加工する)」を導入したんだ。

―NCのプログラミングはどこで学んだんですか。

前の会社に勤めていたとき、東京の訓練大学校や、メーカーへ研修に行かせてもらって、一からプログラムを学んだ。

──当時は珍しかったのでは?

プログラムをできる人間が少なかったからね。プログラムだけをしに他の工場へ呼ばれたり、忙しくて、徹夜で働いたねえ。

──主にどんな仕事をされていたのですか。

珍しい機械だから、特殊な仕事も多かったね。家具の装飾部分はもちろん作っていたが、そのほかにも模型のプロペラや、こたつ板なども作っていたよ。

──婚礼家具が全盛だった時代も経験されているわけですが、今と比べてどうですか?

婚礼家具といえば、福岡の大川家具か、広島の府中家具と呼ばれる時代があった。洋服ダンス、衣裳ダンス、整理ダンス、そして下駄箱の4点セットを今では考えられないような価格で売っていたね。私たちはそのタンスの飾り部分を作っていたんだが、忙しかったし、府中の町も元気だったよ。

──その後、息子の亮さんが帰ってこられたのですね。

体調を崩したときに、亮が帰ってきたんだが、亮には私の考えを押し付けるつもりはないんだ。

──見守っている感じですか?

私は、前の会社でも色々なところへ研修に行かせてもらったり、プログラムを学ばせてもらったり、常に新しいことを学んできた。外の世界を見る重要性も十分知っている。だから、亮にも、そして従業員にも、もっと外の世界を見てほしい。したいことをすればいい、と常々思っている。

──それは、木工に限らず、ということですか。

そう。木工に限らず、府中には繊維という産業もあるし、他にもいろいろな側面がある。違った分野、新しいものを模索しながら、次の金崎木工を創っていってもらいたいと考えているんだ。

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